今年の春の夏の変わりかけくらいに、知人に誘われて登山に行きました。
どうして買ったのかは覚えていないのですが、登山靴と登山用ザックだけは持っていたので、簡単な登山ができる装備は整っていました。
登った時は「あぁ、いい運動になるなぁ」くらいに考えていたけれど、いつの間にか隙があればYAMAP(登山者向けの地図アプリ)を見て、登山ルートを調べて、山頂の天気ばかり見るようになっていました。
夏になって本格的に山に狂気的にはまるようになっていて、今のところ毎週どこかには登っています。
「休みの日に何をしているの?」という話になると登山と答えることがあります。本当に休みの日は登山しかしていないので、正直に答えるとこうなってしまうのです。
そうなると次の会話として「登山って何が楽しいの?」とこうなります。これは実に自然な流れだと思います。本当になんで登山をするのかわたしも登り始めるまでは疑問でした。
ただこう聞かれたときなんと答えていいか困ってしまいます。
なぜ自分が登山をするかわからないのではないのですが、これを言葉にするのが難しいのです。
「そこに山があるから」と答えたあの方は口下手だったのかもしれません。
答えるために少し考えましたので、記事として残すことにします。
ただわたしはクライミング、北アルプスや雪山といった難易度の高い登山はしたことがありませんので、そういったものを経験した方から見ると異論をはさみたくなると思います。
まず一つ目ですが、山が美しいのです。美しいものは世界にいろいろありますが、それぞれアプローチの仕方があります。美しい服は着ることができますし、美しい人とは愛し合うことができます。
山に対してのアプローチの仕方が登ることなのです!
逆に言うと登ること以外はできないのかなと思います。たとえば山の上でわたしが大きな穴を掘ったり木に体当たりなどして「山を変えてやったぞ!」と思って降りてくる、そして山を見返すとわたしなんて忘れかのように山はそこにたたずんでいるのです。この連れなさもいいですよね。
二つ目は心の毒を綺麗にするという目的があります。都会で働いていると些細なことに対して心の中で毒づいてしまいます。改札を出てすぐに立ち止まる人だったり、路上で大声で怒鳴る人や容赦ない夏の日差しだったり・・・
こういった感情を一週間ためて登って降りてくるとすべて忘れています。歩いているときは無心にペースを考え、鎖を手繰り、景色を眺め道端の花に見惚れて。
これは素敵です!
(とはいえ帰りの渋滞でまた翌週に向けた”毒”がたまっていくのです。)
というのが考えた結果ですが、これを会話の中でどう答えましょうか?
「山が美しいので」←見るだけでええやん
「毒抜きです」←あー普段ストレス溜まってるんや
うーん、なんだか論破されてしまいそうです。
今回の主題はここまでです。
以降はわたしが登った山の中からよかったところを紹介します。
お時間がある方はお付き合いください。
これは利尻山です。北海道の利尻島という島にあって、島=山といった作りで素敵な単独峰です。利尻島へは新千歳空港から飛行機か、稚内からフェリーで向かいます。高山植物もたくさん生えていますしハイマツ帯と呼ばれる身長が低い松が生い茂ったエリアがきれいでした。ちなみにハイマツのハイは”high"や"灰"ではなく、"這い"です。這うように生えているマツなので這い松です。普通の松よりも柔らかいのでチクチクしません。この利尻山は島なのでsea to summit(海から山頂へ、つまり標高0mから山頂へ)ができます。わたしも朝海にタッチしてから登りました。海から登山口までは原動機で行きましたが・・・
これは石割山という山です。
山中湖の近くにあって、近くの山と稜線歩きが楽しめるかな?と思っていきましたがそうでもありませんでした。でも人も少なく快適でしたので二回行きました。この日は雲がきれいですね。
これは蓼科山(たてしなやま)という長野の茅野と諏訪の間くらいにある山です。
登山口までの道はビーナスラインと呼ばれていて、天国にいるようでした。エリア的には北八ヶ岳と呼ばれるところです。
以上です。
本日もありがとうございます。お疲れさまでした。